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2018.01.18 Thursday

Free Semester

突然ですが休学します。

いや、正確には今学期をオフに(要はfree semesterに)することにいたしました。

理由は健康不良ですが、この1年(いや、実際には息子の教育に関して具体的に行動を起こし始めてから4年)心身休むことなく突っ走ってきたため、持病が悪化してきてしまったのです。

オフといっても夏学期に現地キャンパスで受ける強化合宿(その過酷さから私が独自にそう呼んでいるだけ ^^; )の前課題がすでに大量に出ているため、やはり今学期をオフにする同級生らと「オフじゃないよね、、、」と話していますが、とりあえず私は、この5ヶ月のオフを、とんでもなく有効に使いたいと意気込んでいるのでした。

私が在籍しているコネチカット大学(通称UConn/ユーコン)大学院でのギフテッド教育の修士プログラムは、Three Summers Master’s Programといって、どちらかといったら “すでに現場で活躍しているギフテッド教師” を完成形に育成するプログラムだと体感している毎日なのですが、とりあえず30単位=1コース x 3単位=10コースをB以上の成績で修了しなければ卒業できません。

うち3単位は、個人の希望する夏学期にconfratute(コンフラテュートゥと発音)という1週間のギフテッド教育の教育イベントに参加することで “ゲット” できます。

このconfratuteはUConnの生徒でなくても参加できるため、ギフテッド教師や教育関係者が世界中から集まってくるそうです。

すでに参加した同級生らの話によると、物凄く有意義で物凄く楽しいそうです、が、この夏、強化合宿が終わった流れで参加することになる私は、はたして気力体力がもつだろうか・・・と今から心配でなりません。

まとめますと、このThree SummersのMaster’s(MA)をとるには、a. confratuteの3単位を含む30単位と、b. 最後の夏学期に受ける1日がかりのSuperCompというセンター試験のような修士号総まとめ試験と、c. もう1種類、まだ私自身まったく理解できていないNirvanaという謎の試験を、これまたおそらく夏学期に現地で受け、合格し、d. 最終的にBいわばGPA3.0以上の成績を維持して初めて卒業、修士号がいただける、という流れになります。

卒業までの道は基本のオプションが2つあり、私の同級生のほとんどが『夏、秋、春、夏、秋、春、そして3度目の夏学期で卒業』という王道でいくことを選択しています。

3度の夏学期で集中的に学ぶ故にThree Summers Programと名づけられているのでありましょう。

さて、多くの同級生達が(この2年間のどこかで)一学期をオフにしているため「なぜそんなことが可能???」と(やはり今学期をオフにすると言っていた)友人2人に訊いてみたのでした。

私も一学期、できれば今学期をオフにして、心身調整したい!と思っていたので。

友人達には、3度ある夏学期は現地で(2+3+2=)計7つのコースをとり、2度ずつある秋&春学期にオンラインで計3コースとれば、秋春のどこかの一学期が必然的にオフになるでしょう?と言われたのですが、アドミン(正確にはコーディネーター)が作成してくれた私のディフォルト学習計画には一学期オフが見当たらず「何故だ〜〜?」と春学期直前の週末に血まなこになって見直していたのですね。

すると、なんと、最後の夏学期に一学期分のコース1つが(無駄に)オフになっているではありませんか。

何故に無駄かといいますと、通常2つのコースをとる夏学期では、(第1回目の夏学期以外は)『(コースa / 午前 + コースb / 午後)x 2週間』というスタイルで行われるため、コースの数が1つでも2つでも結局2週間現地に行かねばならなず、家族の協力のもと東海岸までせっかく飛ぶのに、キャンパスで過ごす半分の時間をぶらぶら過ごすのが(無駄というより)非常にもったいないと思ったのです。

又、秋学期か春学期であれば3ヶ月もオフにできるところ、夏学期だと凝縮の1週間分しかオフにならないなんて、とんでもなく下手なオフの取り方ではないですか、、、

(-_-).。oO

というわけで、はじめはこの春学期を “休学” することに罪悪感を感じていたのですが、休学ではなく(誰もが取れる)フリー・セメスターであることが判明した途端、罪悪感も吹っ飛んで心底ほっとしている所存であります。

この奇跡のオフ学期を大事に大事に使い

夏の強化合宿に

心身備えなければ・・・!

そのためにも今はまず(完治はしない)持病をベターにしていきたいと思います。




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2017.08.30 Wednesday

教育学 vs. 心理学

UConn(University of Connecticut=コネチカット大学の略というか愛称??)に入ってすぐのオリエンテーションで「ギフテッド教育に携わっている者ではなくて、ギフテッド・チャイルドを育てている者です」と自己紹介をしたら、レンズーリ教授から「ギフテッド・チャイルドではなくて、ギフテッド的行為を見せている(?)(exhibitしている)子だと言ってほしいんだな」と早々洗礼を受けてしまいました。

そのときから私のなかで "ギフテッド" という概念がこんがらがってしまい、理解に苦しんで苦しんで、混沌としていたのですが、最近ようやく迷いもふっきれたため、新しくブログを始めています。

ギフテッドについて研究するとき、教育学側からと心理学側からではアプローチがまず違い、又、目指すゴールもかなり違うのだ、ということをUConnで勉強し始めて初めて切々と実感しました。

じゃあ教育心理学という立ち位置でのギフテッド研究って?

・・・それはこれから明らかにしていけたらと思います(苦笑)が、現段階で私が個人的に感じているのは、ギフテッド的行為を見せていようが見せてなかろうが、要は教育学的に才能を開花させていようが なかろうが、ギフテッドとdefineされる子達は心理学的に(脳科学的に?)存在するはずだ、ということです。

そうでなければ、不均衡な発達や強烈な感性など、説明がつきませんし、ギフテッド・アンダーアチーバーは全員ギフテッドではないことになってしまいます。

ただ、ギフテッド判定をする専門家がいない日本では、ギフテッドか否かで悩んでいるあいだに我が子が浮きこぼれたり落ちこぼれたりしたままどんどん成長していってしまって、埒があきません。

故に "すべての子のためのギフテッド教育" として定評のあるSchoolwide Enrichment Model(SEM)とは一体どういうものなのか?と私のなかで興味が湧いたのでした。

レンズーリ教授らが提唱するSEMは、すべての子になんらかの才能があるという理念のもと、研究やテストを重ね、開発、改良されてきました。(注:すべての子がギフテッドであるとは言っていない)

ギフテッドであろうとなかろうと、個人それぞれに合わせて才能を伸ばすというカリキュラム・モデルは、すべての子が恩恵を受けられる才能教育、ギフテッド教育で、じつに画期的だと思います。

心理学側から考察されたギフテッドネスについては、修士プログラムではあまりカバーされていないため、このブログでもシェアする機会が少ないでしょうが、SEMに基づいたギフテッド教育を勉強の隙間時間に紹介していけたら幸いです。




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